3.13 逆行列

定義 3.52 (逆行列)   行列 $ A$ に対して

$\displaystyle AB=BA=E$ (552)

を満たす行列 $ B$ が存在するとき, 行列 $ B$ を行列 $ A$逆行列(inverse matrix)と呼ぶ. $ A$ の逆行列は $ A^{-1}$ と表記する.

3.53 (逆行列の性質)   逆行列をもつのは正方行列のみである. これを示せ.


(証明) $ AB=BA$ を満たす行列は可換な行列である. 可換な行列は正方行列のみである.

定理 3.54 (逆行列の一意性)   行列 $ A$ が逆行列をもつとき,逆行列は一意に定まる.


(証明) $ B$$ C$$ A$ の逆行列であると仮定する. このとき $ AB=BA=E$, $ AC=CA=E$ が成り立つ. これを用いて

$\displaystyle B=BE=B(AC)=(BA)C=EC=C$ (553)

となる.よって $ B=C$ であり $ B$$ C$ とは一致する.

定義 3.55 (行列の正則性)   正方行列 $ A$ が逆行列をもつとき, $ A$正則(regular)であるという. 正則な行列を正則行列(regular matrix)と呼ぶ.

定理 3.56 (逆行列をもつ十分条件)   正方行列 $ A$, $ B$$ AB=E$ または $ BA=E$ の どちらか一方だけを満たすときでも $ B$$ A$ の逆行列となる.


(証明) 証明はずっとあとに行なう.

定理 3.57 (逆行列の計算法)   行列 $ [A\vert E]$ を簡約化して $ [E\vert B]$ の形に変形できたとする. このとき $ B$$ A$ の逆行列 $ A^{-1}$ となる.


(証明) 行列 $ A$ に基本変形 $ P^{(*)}$ を繰り返し行ない 単位行列 $ E$ に変換されたとする. このとき

$\displaystyle A\overset{\text{簡約化}}{\longrightarrow} E\,,\quad E=(P^{(*)}P^{(*)}\cdots P^{(*)})A$ (554)

と書ける. $ A$ の左にかかっている行列をまとめて $ B$ と書くと,

$\displaystyle B=P^{(*)}P^{(*)}\cdots P^{(*)}$ (555)

となる. $ B$ を用いれば $ BA=E$ が成り立つ. 前述の定理より $ BA=E$ のとき $ B$$ A$ の逆行列 $ B=A^{-1}$ となる. よって行列 $ B$ を求めればよい. $ B$

$\displaystyle B=P^{(*)}P^{(*)}\cdots P^{(*)}E$ (556)

と書ける. これはすなわち $ A$ に行なった基本変形と同じ操作を $ E$ に 対して同じ順で行なうことを意味する. これらの操作を同時に行なうには, 行列 $ [A\vert E]$ に対して簡約化を行い $ [E\vert B]$ の形にすればよい. この一連の操作により $ BA=E$ を得る.

3.58 (逆行列の計算例)   行列

$\displaystyle A$ $\displaystyle = \begin{bmatrix}1 & 2 & 1 \\ 2 & 3 & 1 \\ 1 & 2 & 2 \end{bmatrix}$ (557)

を考える.この行列の逆行列を求める. 行列 $ [A\,\vert\,E]$ に基本変形を次のように繰り返し行なう:

$\displaystyle [A\,\vert\,E]$ $\displaystyle = \left[ \begin{array}{ccc\vert ccc} 1 & 2 & 1 & 1 & 0 & 0 \\ 2 & 3 & 1 & 0 & 1 & 0 \\ 1 & 2 & 2 & 0 & 0 & 1 \end{array}\right]$   (一行目を $ -1$ 倍して三行目に加える.) (558)
  $\displaystyle \longrightarrow \left[ \begin{array}{ccc\vert ccc} 1 & 2 & 1 & 1 & 0 & 0 \\ 2 & 3 & 1 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & -1 & 0 & 1 \end{array}\right]$   (一行目を $ -2$ 倍して二行目に加える.) (559)
  $\displaystyle \longrightarrow \left[ \begin{array}{ccc\vert ccc} 1 & 2 & 1 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & -1 & -1 & -2 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & -1 & 0 & 1 \end{array}\right]$   (二行目を $ 2$ 倍して一行目に加える.) (560)
  $\displaystyle \longrightarrow \left[ \begin{array}{ccc\vert ccc} 1 & 0 & -1 & -3 & 2 & 0 \\ 0 & -1 & -1 & -2 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & -1 & 0 & 1 \end{array}\right]$   (三行目を一行目に加える.) (561)
  $\displaystyle \longrightarrow \left[ \begin{array}{ccc\vert ccc} 1 & 0 & 0 & -4 & 2 & 1 \\ 0 & -1 & -1 & -2 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & -1 & 0 & 1 \end{array}\right]$   (三行目を二行目に加える.) (562)
  $\displaystyle \longrightarrow \left[ \begin{array}{ccc\vert ccc} 1 & 0 & 0 & -4 & 2 & 1 \\ 0 & -1 & 0 & -3 & 1 & 1 \\ 0 & 0 & 1 & -1 & 0 & 1 \end{array}\right]$   (二行目を $ -1$ 倍する.) (563)
  $\displaystyle \longrightarrow \left[ \begin{array}{ccc\vert ccc} 1 & 0 & 0 & -4...
...& 3 & -1 &-1 \\ 0 & 0 & 1 & -1 & 0 & 1 \end{array}\right]=[E\,\vert\,A^{-1}]\,.$ (564)

よって,$ A$ の逆行列

$\displaystyle A^{-1}= \begin{bmatrix}-4 & 2 & 1 \\ 3 & -1 & -1 \\ -1 & 0 & 1 \end{bmatrix}$ (565)

を得る.

定理 3.59 (行列の正則性と緒性質)   正方行列 $ A$ に対して次の(1)-(5) は同値である:
(1)
$ \mathrm{rank}\,(A)=n$.
(2)
$ A$ の簡約化は $ E$ である.
(3)
任意の $ \vec{b}$ に対して $ A\vec{x}=\vec{b}$ は一意な解をもつ.
(4)
$ A\vec{x}=\vec{0}$ は自明な解 $ \vec{x}=\vec{0}$ のみをもつ.
(5)
$ A$ は正則である.

(証明) $ (1)\Rightarrow(2)\Leftrightarrow(3)\Rightarrow(4)\Rightarrow(1)$ $ (3)\Leftrightarrow(5)$ を示す.

$ (1)\Rightarrow(2)$ を示す. $ A$$ n\times n$ 型でフルランクであるから, 簡約化は明らかに $ E$ となる.

$ (2)\Rightarrow(3)$ を示す. 簡約化により $ [A\,\vert\,\vec{b}]\to[E\,\vert\,\tilde{\vec{b}}]$ となるので, 方程式は $ E\vec{x}=\tilde{\vec{b}}$ となる. よって解として一意な解 $ \vec{x}=\tilde{\vec{b}}$ をもつ.

$ (3)\Rightarrow(4)$ を示す. $ \vec{b}=\vec{0}$ のとき $ \tilde{\vec{b}}=\vec{0}$ であるから, 解として $ \vec{x}=\vec{0}$ のみをもつ.

$ (4)\Rightarrow(1)$ を示す. 定理 [*] より, 同次形方程式が自明な解のみをもつ必用十分条件は $ \mathrm{rank}\,A=n$ である.

$ (3)\Rightarrow(5)$ を示す. $ \vec{b}=\vec{e}_{1},\vec{e}_{2},\cdots,\vec{e}_{n}$ のときの解を それぞれ $ \vec{x}=\vec{c}_{1},\vec{c}_{2},\cdots,\vec{c}_{n}$ とする. このとき

  $\displaystyle A\vec{c}_{1}=\vec{e}_{1},\quad A\vec{c}_{2}=\vec{e}_{2},\quad \cdots A\vec{c}_{n}=\vec{e}_{n}$ (566)
  $\displaystyle \Rightarrow\quad A \begin{bmatrix}\vec{c}_{1} & \vec{c}_{2} & \cd...
...= \begin{bmatrix}\vec{e}_{1} & \vec{e}_{2} & \cdots & \vec{e}_{n} \end{bmatrix}$ (567)
  $\displaystyle \Rightarrow\quad AC=E$ (568)

となる.$ C$$ A$ の逆行列である. よって $ A$ は正則である.

$ (5)\Rightarrow(3)$ を示す.

$\displaystyle A\vec{x}=\vec{b} \quad\Rightarrow\quad A^{-1}A\vec{x}=A^{-1}\vec{...
...rrow\quad E\vec{x}=A^{-1}\vec{b} \quad\Rightarrow\quad \vec{x}=A^{-1}\vec{b}\,.$ (569)

定理 3.60 (逆行列による解法)   正方行列 $ A$ が正則なとき方程式 $ A\vec{x}=\vec{b}$ は 解 $ \vec{x}=A^{-1}\vec{b}$ をもつ.

3.61 (逆行列をもたない具体例)   行列

$\displaystyle A$ $\displaystyle = \begin{bmatrix}1 & 2 & 3 \\ 2 & 3 & 4 \\ 3 & 4 & 5 \end{bmatrix}$ (570)

の逆行列を考える. 例題 [*] と同じように計算を行なう:

$\displaystyle [A\,\vert\,E]$ $\displaystyle = \left[ \begin{array}{ccc\vert ccc} 1 & 2 & 3 & 1 & 0 & 0 \\ 2 & 3 & 4 & 0 & 1 & 0 \\ 3 & 4 & 5 & 0 & 0 & 1 \end{array}\right]$   (一行目を $ -3$ 倍して三行目に加える.) (571)
  $\displaystyle \longrightarrow \left[ \begin{array}{ccc\vert ccc} 1 & 2 & 3 & 1 & 0 & 0 \\ 2 & 3 & 4 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & -2 & -4 & -3 & 0 & 1 \end{array}\right]$   (一行目を $ -2$ 倍して二行目に加える.) (572)
  $\displaystyle \longrightarrow \left[ \begin{array}{ccc\vert ccc} 1 & 2 & 3 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & -1 & -2 & -2 & 1 & 0 \\ 0 & -2 & -4 & -3 & 0 & 1 \end{array}\right]$   (二行目を $ -1$ 倍する.) (573)
  $\displaystyle \longrightarrow \left[ \begin{array}{ccc\vert ccc} 1 & 2 & 3 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 2 & 2 & -1 & 0 \\ 0 & -2 & -4 & -3 & 0 & 1 \end{array}\right]$   (二行目を $ -2$ 倍して一行目に加える.) (574)
  $\displaystyle \longrightarrow \left[ \begin{array}{ccc\vert ccc} 1 & 0 & -1 & -3 & 2 & 0 \\ 0 & 1 & 2 & 2 & -1 & 0 \\ 0 & -2 & -4 & -3 & 0 & 1 \end{array}\right]$   (二行目を $ 2$ 倍して三行目に加える.) (575)
  $\displaystyle \longrightarrow \left[ \begin{array}{ccc\vert ccc} 1 & 0 & -1 & -...
...2 & 0 \\ 0 & 1 & 2 & 2 & -1 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 1 & -2 & 1 \end{array}\right]\,.$ (576)

これより行列 $ A$ の簡約化は

$\displaystyle A$ $\displaystyle = \begin{bmatrix}1 & 2 & 3 \\ 2 & 3 & 4 \\ 3 & 4 & 5 \end{bmatrix} \to \begin{bmatrix}1 & 0 & -1 \\ 0 & 1 & 2 \\ 0 & 0 & 0 \end{bmatrix}$ (577)

となる.よって $ \mathrm{rank}\,(A)=2<3$ となる. 定理 [*] $ (1)\Leftrightarrow(5)$ より $ A$ は正則ではない. よって $ A$ は逆行列をもたない.

3.62 (逆行列を用いた解法の具体例)   方程式

$\displaystyle \begin{bmatrix}1 & 2 & 1 \\ 2 & 3 & 1 \\ 1 & 2 & 2 \end{bmatrix} ...
...x_{1} \\ x_{2} \\ x_{3} \end{bmatrix}= \begin{bmatrix}1 \\ 2 \\ 3 \end{bmatrix}$ (578)

を考える. $ A\vec{x}=\vec{b}$ とすると $ \vec{x}=A^{-1}\vec{b}$ より 解が求まる. よって

$\displaystyle \begin{bmatrix}x_{1} \\ x_{2} \\ x_{3} \end{bmatrix}= \begin{bmat...
...in{bmatrix}1 \\ 2 \\ 3 \end{bmatrix}= \begin{bmatrix}3 \\ -2 \\ 2 \end{bmatrix}$ (579)

を得る.

定理 3.63 (逆行列の性質)   正方行列 $ A$, $ B$ が正則のとき次の関係式が成り立つ:
(1)
$ (A^{-1})^{-1}=A$
(2)
$ ({A}^{T})^{-1}={(A^{-1})}^{T}$
(3)
$ (AB)^{-1}=B^{-1}A^{-1}$

3.64   これを示せ.


(証明) (3) を示す.

  $\displaystyle (AB)(B^{-1}A^{-1})=ABB^{-1}A^{-1}=A(BB^{-1})A^{-1}=AEA^{-1}=AA^{-1}=E\,.$ (580)
  $\displaystyle \Rightarrow\quad (AB)(B^{-1}A^{-1})=E\,.$ (581)
  $\displaystyle \Rightarrow$   $ AB$ の逆行列は $ B^{-1}A^{-1}$ (582)
  $\displaystyle \Rightarrow\quad (AB)^{-1}=B^{-1}A^{-1}\,.$ (583)

Kondo Koichi
平成17年9月15日